恐羅漢山/
額々山/
安蔵寺山/
広見山/
赤谷山/
天杉山/
大神ヶ岳/
岩倉山/
春日山/
三子山
※紹介文は「匹見町誌(現代編)」より抜粋・転載しています。
広島県境に位置し、その名は、阿羅漢も恐れさせるほどの高峻な山の語義からきており、
西中国山地では最も高い山として陰陽分水嶺の主軸をなしています。
恐羅漢山と鞍部をはさんで西に続く旧羅漢山(匹見羅漢山・1,334m)は双耳峰を成し、
島根県側の亀井谷上部の北側一体は今なおアシオスギ(匹見杉)やブナ、ミズナラなどが繁る深い原生的自然林に覆われています。
旧羅漢山の西側に開ける広大な扇沢には、杉の人工林(市有林)の床に岩海が眠り、
頂上に立つ大岩に上がると、益田の市街地や高島の浮かぶ日本海が望まれ、
西の山口県境の山並みが迫ります。
三葛の広高谷奥、匹見と吉賀町(旧六日市町)との境にあり、
頂上には大きな平たい岩が二枚重なっていて、
その岩に乗るとガクガクするところからこの名前がつけられたといわれています。
(現在は岩と岩との間に腐葉土が積もり、動きにくくなっている。)
この山の南尾根は藩政時代、石州、防州、芸州三国の藩境となっていたため、
藩境尾根とも呼ばれていました。
匹見、津和野(旧日原町)、吉賀町(旧六日市町)の三町にまたがり、
島根県で県境を接していない山としては高さが県内一で、
西中国山地国定公園の西端部に位置しています。
中世、平安末期に密教仏教の修行を行う安蔵寺が山頂付近にあったという伝説から、
安蔵寺山と呼ばれ、寺があったとされる場所には現在でも寺屋敷という地名が残されています。
この山の匹見側である伊源谷や加令谷は、広大な原生的自然林が豊かに繁り、
トチ、サワグルミ、ミズナラ、アシオスギ、ブナの巨木が特徴的です。
毎年春には、匹見、日原、六日市合同の登山大会が開催され、
西中国山地の中でも登山愛好家に親しまれている人気の高い山となっています。
※伊源谷地区は通年の禁猟区となっています。
匹見の南東、恐羅漢山から西に発している尾根の山で、
特に道川側にはブナの純林が広く残り、頂上は背の低い草に覆われた丸い形をし、
山名のとおり周辺の山々が広く見渡せ、道川の里や恐羅漢山、五里山などの県境の山々が望めます。
この山の西の麓にあるヤマノ谷は、昔から良材が多かったためか木地屋が入ったり、
タタラ場が置かれるなど人の出入りが激しかったため、カジヤ谷、キジヤ床などの地名が残っています。
紙祖笹山から林道三坂八郎線を進むと、谷向こうにそそり立つ懸崖の山で、
なだらかな山の多い西中国山地の中では特異な存在となっています。
頂上近くの懸崖は、その昔、山岳密教の対象として崇められたであろう神々しい不思議な存在感を持っています。
尾根の北側にはブナなどの深い自然林が残っています。
西中国山地の主峰・恐羅漢山から続く広島県境の山で、
並走する臼木谷(国道191号)から眺める頂は千メートル前後でほぼ平行に連なる稜線の中ほどにあるアシオスギの樹影でそれとわかるくらい平坦な山容をしています。
臼木谷側の山腹は一ノ谷、二ノ谷、三ノ谷(奥匹見峡)の深い谷を刻み、
上部は今なお伐採をまぬがれた昔からの深い原生的自然林に深く覆われています。
山頂に巨大な墓石が立っているように見える懸崖の山で、
同じ尾根にある西の赤谷山とは指呼の間である。
その昔、修験者が修行していたことから天狗伝説が残され、
岩場には今も三坂大明神が祀られています。
昭和57年のくにびき国体は、この山の山頂からレンズを使って太陽光から採火し、
炬火リレーに使われました。
またその翌年から、ワサビの豊作を祈願する「山葵天狗社」が新たに祀られ、
毎年6月第一日曜日に神楽を奉納する神事が行われています。
頂上のテーブル上の岩頭に立つと、南方に寂地山や額々山、
西方に安蔵寺山の山並みが目の前に展開します。
道川の元組から南方のすぐ上に立つ山で、道川小学校の校歌にも歌われ、
遠足で登るなど道川地区の人たちにとっては昔からシンボル的な存在とも言える山です。
山頂には三等三角点があり西から北東にかけて展望が開け、
日本海の高島、大麻山、益田の市街地・須佐の高山まで望むことができます。
西中国山地の主峰・恐羅漢山の西に、急峻な匹見川を隔てて立つ姿の美しい山。
山頂からの眺めはすばらしく、北に三隅の大麻山や弥栄の漁山、
西のかなたに須佐の高山や徳佐の十種ヶ峰が望まれ、
津和野の青野山や安蔵寺山もその左前方に並びます。
またはるか南に山口県の最高峰・寂地山や冠山が雄姿を見せ、
そこから続く五里山塊が眼前に迫ります。
匹見川の真向かいに立つ半四郎山や広見山は指呼の間。東には双耳峰を見せる恐羅漢山、
その左に続く天杉山の後方には、広島県八幡の秀峰・臥竜山もうかがうことができます。
山頂の春日大明神には奈良の春日神社が分祀され、毎年8月5日には、
匹見や美都の人々によって祭事が執り行われ、地元をはじめ、
県内や山口・広島両県からたくさんの登山愛好家が参加し、
ふる里の山や自然を語り合う一大イベントとなっています。
匹見川の枝谷・石谷川を登ると、石谷の西側に急峻なこの山が立っています。
山は三つのピークがほぼ等間隔に南西から北東方向に連なった長い形をしており、
尾根の西側は津和野町(旧日原町)との境界になっています。
北東端のピークから少し進むと「イワノリ」と呼ばれている展望のきく岩稜の小ピークに立ち、
真下には「三八豪雪」の後消滅した小平集落の谷が静かに眠っています。